欲しいものを前に、私には贅沢だと手を引く。これは小さな出来事に見えて、実は生き方の前提が顔を出す瞬間です。中心にあるのは「不足に慣れた自分を守る遠慮」。見えない世界の話を、日常の選択まで下ろして考えます。
豊かさを遠ざける自己像に気づくを暮らしの中で見つける
自己開示ができない人は開示できるようになると世界が優しいことに気づく。嘘だと分かっていても真と扱って外せるので後日本人が変わっていることに気づくという技法。今回の場面では、使えば必ず増えると考えるだけでは先へ進みません。
気づいていない人はその世界にいればよく、頑張る必要がないことに気づくことが重要という逆説的な教え。続けられる人が有利。続けられない人は気づくまでに時間がかかる。
豊かさを遠ざける自己像に気づくを魂の側から眺める
多くの人がそこに当てはまっているが歪みに気づく人はほとんどいない。混乱に入ると自分では抜け道がないので周りに相談し、ちょっとの変化をつないで大きな変化にするという段階的変化論。霊的な景色にたとえるなら「豊かさの門で立ち止まる旅人」です。
制限を嘆いて喜べないのは「自分の壁」であり「ただ笑う、ただ喜ぶ」のはプライスレス。目的を叶えられる人は自分で生きている感じがあり、次々と目的を決めていく。
豊かさを遠ざける自己像に気づくに隠れた古い約束
自分で考えるには余裕も必要で、忙殺されているときは間を作ることが大事。「自ら撮影した写真に、自分でも意識していない内面が投影されることが多い」。外側の出来事より先に、自分の内側の態度を見てみましょう。
自分と向き合う力がない人が頑張っても自己満・やっているフリで結果につながらないという向き合う力の前提条件。メンタルがヤバイとどうしようもない、改善した人は自分のやりたいように行ける。
豊かさを遠ざける自己像に気づくと感情の深い関係
「自分は自分」という切り分けができている人は楽に生きられると考える。同じような嫌なことが繰り返されていないか自分で振り返るよう促す。外側の出来事より先に、自分の内側の態度を見てみましょう。
グイグイわがままに自分を出す人は周りが距離を置いて去っていく、相手を考えずに前面に出すと相手にもされないという社会的結果。這い上がるには努力が必須で、胡座をかいて「自分は大丈夫」と言っている人はすぐ置いてきぼり。
豊かさを遠ざける自己像に気づくを現実の事実と分ける
見下す親やマウントする人への対応として、自分を卑下して衝突を避けることで本当の自分を見失う。自分が定まらない人は言動が行き当たりばったりになり信頼を得られない。感覚と現実の間に橋を架けるつもりで、両方を確認します。
本来の自分を生きられないケースを作った人は治せばよいという実用的な態度。環境を無視して生きられる人はいないのでどう自分をアウトプットするかを考えることが重要だと示す。
豊かさを遠ざける自己像に気づくを自分で確かめる方法
どう思われるかは自分でコントロールできないから一生懸命やるしかない。決算確認でプラスを「よしとする」という自分のハードルを自分で設定するスタンス。具体的には、価格、必要性、今の余裕を現実的に確認する。
不幸感がある人は無駄に自分をディスっているか、自分の中が統合されていない。自分をどうするかは自分で決められる、状況や環境で決めないで「どうしたいか」を決める。
豊かさを遠ざける自己像に気づくから自由な一歩を選ぶ
外部の権威に依存せず、自分で感じて判断する力を育てることを重視する。人の話にかぶせて自分の話にしていく人は嫌われる、わかってくれないと言うのはヤバい。目指したいのは、受け取れる範囲を責任と共に広げることです。
良くなるイメージが間違っていたり自分でないものになろうとしていたりする人は幸せに向かわない。人を変えようとしても変わらないので「自分の考え方を変える方が簡単」という根本論。



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