まず見えてくるのは、選べない
失敗を思い出すとき、まず頭に浮かぶのは「どうしてそうだったのか」。その問いは 、誰にでもすぐ出てくる。それは、自然な反応。誰もが、まず「なぜ?」と問う。
でも、その問いのあとにどうするかは、自分で選べる。怒りで責めるのは、すぐに終 わる。でも、次の準備に目を向けるのは、時間の流れを変える。
たとえば、仕事でミスをしたあと、まず「なんで間違えたの?」と自分を責めてしま う。そのあと、何もしないで、ただ「どうしてダメだったんだろう」と繰り返す。
でも、そのあとに「次はこうする」と決めて、次のタスクに進むなら、時間が止まら ない。失敗は終わる。ただ、そこに注意を向けるかどうかが、変わる。
その後の注意は、練習できる
失敗を思い出したら、そのあとにどうするかは、決める。怒りで責め続けるなら、そ のあとも同じ状態。
でも、次の準備に目を向けるなら、そのあとも、少しずつ前向きになる。
たとえば、テストで間違えたあと、まず「どうして間違えたの?」と調べる。そのあ と、次に何をやるかを決める。たとえば「明日の準備を一つだけする」と決める。
そのとき、頭の中が「もう一度同じ間違いを繰り返す」と思ってしまうかもしれない 。でも、そのあとに「今、何をすべきか」を決めるだけで、頭の中は少しずつ動くよ うになる。
どう見ても、嫌なことは見たくない
「嫌なことを見ない」って、誰もがそう思う。でも、それなら、心はいつも空っぽに なる。
失敗を忘れるのは、無理。でも、そのあとにどうするかは、自分で選べる。
たとえば、友達に怒られたあと、すぐに「どうしてそんなこと言ったの?」と責めて しまう。でも、そのあとに「次にどう話すか」を考えてみる。
そのとき、怒りが減り、対話の準備ができる。嫌なことを見ないのではなく、「その あとにどうするか」を意識することで、心が動く。
誰かに見せないで、自分で確かめる
「雑念が出て、どうだったか」をチェックするのは、自分にしかできない。
失敗を思い出すとき、頭がぐるぐる回る。そのとき、自分に「もう一度、何をやるか 」を問う。
たとえば、朝の準備で、ミスをしたあと、まず「どうしてそうだったか」を思い出す 。そのあと、すぐに「今、何をすべきか」を決める。
そのとき、雑念が出てきたら、それを「あ、また出てきた」と認識するだけ。でも、 それを「失敗」として評価しない。
そのあと、すぐ次の作業を始める。その行動が、心の流れを変える。
試すのは、考える時間だけ
失敗を思い出すとき、まず「どうしてそうだったか」を考えてみる。そのあと、すぐ に「次に何をやるか」を決める。
その時間は、短い。でも、それだけでも、心が動く。
たとえば、仕事でミスをしたあと、5分だけ考えることにする。そのあと、すぐに「 今、何をすべきか」を決める。
そのあと、その作業を始める。そのとき、頭の中が「また失敗する」と思うかもしれ ない。でも、そのあとに「次はこうする」と決めるだけで、心が少しずつ前向きにな る。
朝の一行で、注意を決める
朝、起きたとき、まず「今、どうするか」を決める。
その一言を、ただ書いておく。たとえば「今日は、まず会話の準備をする」と決める 。
その一言が、その日の意識のスタートになる。失敗を思い出すとき、その一言が、ど うするかを決める。
たとえば、午後のミスを思い出すとき、まず「朝に決めたこと」を思い出す。そのあ と、その一言に従って、次の行動を始める。
そのとき、心は、少しずつ前向きになる。
そのあとに何をやるか、別の選択肢も
友達が帰ってこない夜、まず「どうして帰らないの?」と怒りを覚える。でも、その あとに「明日、どう話すか」を考える。そのとき、怒りが少しずつ外に出て、心の奥 が空く。
でも、そのあとに「また怒りを繰り返す」と思ってしまうこともある。だから、その あとに「今、何をすべきか」を決めるだけ。たとえば「明日、短く話す」と決める。 その一言が、心を動かす。
どんなときも、心は動く
失敗を思い出すとき、頭がぐるぐる回る。でも、そのあとに「どうするか」を決める だけ。たとえば、朝の準備でミスをしたあと、まず「どうしてそうだったか」を思い 出す。そのあと、「今、何をすべきか」と決める。
そのとき、雑念が出てきたら、「あ、また出てきた」とだけ言う。でも、それを「失 敗」としない。そのあと、すぐ次の作業を始める。その行動が、心の流れを変える。



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