瞑想がダメな理由とは?

日々の使いこなし

サイト管理人です。

良く、瞑想って大事ですか? って聞かれますが、大半の瞑想はやっても無駄です。

私がお勧めする瞑想は、きちんとした先生について瞑想することです。
毎日のことなので、師事して時々教えてもらう程度でも、修正されてきちんとできていればいいです。

先生の中には、ラインセンス制になっていて、○○を卒業したら教えているなんて言う人もいます。

その人の精神が安定していれば、まぁいいかもしれませんが、人格的に尊敬出来ないとか、
スピリチュアルな理屈に逃げてしまうようであれば、やめたほうがいいです。

最悪なのは、本を買ってきて見よう見まねでやることです。もちろん、最初はそれから入る人も多いはずですが、癖がついて無駄なことを続ける羽目になるので、早い内に信頼できる先生を見つけて支持した方がいいでしょう。

先生と言われる人たちは、習った内容だけではなく身をもって体験したことや、教えていて気がついた天を持っています。そういう先生であれば、陥った場合にすぐに元へ戻してくれます。

習っただけの人はそれができません。

本やDVDは勝手な解釈をしがちです。

先生につかないのであれば、やらない方がましだと私は考えています。

先生に付いての瞑想は否定しませんが、勝手な解釈で危ない瞑想をしている人は多いです。

実際、私は瞑想はしませんが、瞑想に近いことはたくさんやってきました。
いわゆる神秘体験とかもいくつもありますが、はっきり言えば、全て主観

夢、空想と同じレベルです。ただ、きちんとやっていますので五感の直観はあります。
主観的な確証を得られるので、単なる空想とはちょっとだけ違います。

それによって、脳内にリアルな疑似体験ができるので、無意識を動かすことができます。

キーになるのは、変性意識状態です。
自在に変性意識状態には入れるようになれば、電車の中でも、カフェでも、意識と現実とのつながりを維持したまま、いろいろできます。

瞑想をすると心が落ち着いて、幸せを感じる人も多いと思います。
でも、瞑想をしなくても、心を落ち着かせ、現実、幸せの中に住んでいる人も多いです。

オカルト的なスピリチュアルは生きていく上で必須ではありません。

むしろ、逃げ道、言い訳に使っている人が多いので、そういう人はスピリチュアル地獄を巡ります。
スピリチュアルのために無駄な時間とお金を使い、本当に自分を思ってくれる人との関係を絶ち、我慢が美徳となり、運命という偽名の型に自分を嵌めていく。

それでは、幸せや自分を見つけるとは全く方向が違います。

多くの方が私のところでスピリチュアル巡りをやめます。
なぜなら、スピリチュアルな時間だけ幸せになるのではなく、現実の時間で幸せになれるからです。

幸せは、満たされつつあるときです。
何で満たされるかは人によって違います。

それを探して最短で変化していく方が、なんだかわからない瞑想より、いいですよ。